使いみちのない風景

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夜風が少し心地良く感じる季節になりました。
春ですね。
僕は季節の変わり目を昼間ではなく
夜中に感じることが多いようです。
そのことに最近気付きました。
「そろそろ冬だな」と思ったのは
夜風の冷たさに気付いたある夜のことだった気がするし、
「もう本当に夏なんだな」と感じたのは
アスファルトが蒸す雨上がりの夜だった気がします。
学生の頃は陽射しの強弱で
じわじわと季節の変化を実感していたのだと思います。
たまに母や先生が「そろそろ春ね」なんて言い出しても
「そりゃそうだろ」としか感じませんでした。
でも最近は「あれ?」と急に、
ある夜、突然に気付きます。
昼間はビルの中で働いているからでしょうか。
それだけじゃない気がします。
こういうささいな変化が歳をとるということなのかも知れません。
季節に気付いた夜は必ず、
普段は思い出しもしないような風景が断片的に蘇ります。
ある夏の夜に走った人気のない林道のカーブ、
静かに道を照らす常夜灯。
学生の頃通った喫茶店でよく注文した和風ピラフ、
のせられた刻み海苔、スプーンに巻かれた紙ナフキン。
冬の水族館の駐車場、
固そうな幌を閉じたシルバーのロードスター。
たいして仲も良くなかった友人が話す
垢抜けない方言のいくつか。
どれもずっと覚えているような
象徴的な出来事ではなく、
繋がりも意味もない、本当に断片的な風景です。
村上春樹はこういう記憶を
「使いみちのない風景」と呼びました。
僕にも使いみちのない風景があります。
べつに使いみちがなくてもいいですよね。
いつか何かに役立つかもしれないし。

コメント

  1. ぞうぞう より:

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    作家になれそうな表現ですね。

  2. さくら より:

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    なんだかホッとする文章でした。
    きっと、こういう風な感性がある人こそクリエイティブなお仕事が
    できるんだろうなぁ。
    明日は、和菓子屋さんのディスプレーをします。
    なんだか、ヒントをいただいた感じです。

  3. のりたま より:

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    お久しぶりです
    すごくいい文章ですね~
    季節の移ろいが香りで分かるというのはすごく理解できます。
    春夏秋冬それぞれの香りがありますよね。
    僕もアスファルトが蒸し返す夕立の香りが夏の香りの象徴のような
    気がします。

  4. 赤NOTE より:

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    ありがとうございます。ほめすぎ。 >ぞうぞうさん
    クリエイティブなお仕事はなかなかできませんね… >さくらさん
    匂いに敏感になるってことは、
    「見る」以外の感覚に頼り始めたということなのかも。 >のりたまさん